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  • ほぐれる

    冬、優しい手に包まれる時の幸福感を超えてくるものはないはず。

    その手の持ち主が恋人なのか母なのかそれとも名前もない人なのかは分からないが、優しい手である事だけが必須条件である。

    肉体の温かさよりももっと奥の温もりをこんなにも求めているなんて、今まで知らなかった。

    サーモグラフィーで赤く光るところだけが温もりではない。

    自分の冷たさを知る時はいつも、

    温かいものに触れた時。

    こんなにも自分は冷え切っていたのだと、心ごとほぐれていく瞬間を私はずっと求めている。

    冬が深まれば深まるほど、

    孤独が自分を冷やせば冷やすほど、

    優しい手に包まれたい。ほぐれたい。

    春までどうにか死なずに生きる為に、

    自分の冷たさが当たり前にならない為に、

    もしまた冷えてしまってもそれに耐えられるように、

    一度ほぐして。

    春になったら今よりは自分を温められる方法が見つかりそうだから。

    とは言ったものの実はあまり探す気はない。温めてもらう気満々です。春が来たって。

    まぁとりあえず

    今日の夜は手を繋いで寝ようne。

    ※2025/1/6に書いたもの

    とても寒くて、手を繋いで寝た温かい夜だったんだと思う。

  • なんだろうね、これ

    私ね、大好きなのね。

    でもね、全力で向き合いたいのに無理な時もあって、切ない夜が多いの。  

    きのこ帝国が大好きだから、聴いて。

    「海と花束」

    伝えたいことなど、とっくのとうにない。

    本当にそう。

    “今、伝えたいこと”はとうの昔に伝えた事なんだけど

    今私が伝えたい事ももうすでに山積みになっていて困っています。

    こんな酔っ払った時だって投稿できちゃうんだから、困ってしまいますね。

    私の存在価値は?

    別になくてもいいや、とりあえず私のことだけ愛してよね。

  • 酸素不足の原因は恋心

    時々この地球からは酸素がなくなっていると思います。

    一緒に居たい人が居ない時、さっきまで一緒に居たのに離れた瞬間、寂しい夢を見た後の朝。など。

    毎日美味しい空気を目一杯吸い込める、そんな人でありたいのですが、これが案外難しい。

    あーなんか酸素薄いなぁって思いながら生活して、やっと大切な人に会えた時にすーーーーっと空気が身体をめぐる感覚が大好きで、普段酸素が薄くてもまぁ良いかなと思えています。

    そりゃ、欲を言えば毎日深呼吸したいからずっと居てよねって感じなんですけど。

    だから私の好きなタイプは、酸素ボンベみたいな人です。

    はは。

    毎日会えたら良いのにって思いながら過ごす日々も悪くありません。

    良くもないです。

    ただ、間違いなく言えることは、

    一瞬でも濃くて美味しい空気を提供してくれる大切な人がいることは幸せな事です。

    ((でも、恋愛している時ってIQ下がるからそれはある意味脳に酸素巡ってないってことだよね?

    てことは、体に酸素巡ってるって勝手に思ってるけど実はその人と会ってる時が1番呼吸できてないんじゃないの…?って思ってみたり。まぁいいや。))

    地球には平等に酸素はありません。

    呼吸がうまく出来ない日もあるし、身体中に有り余るほどの酸素が巡る気持ちが良い日もある。

    明日はどっちになるでしょうか。

    ちゃんと酸素ボンベの場所把握してる?

    呼吸できなくなりそうだったらちゃんと酸素ボンベのところ行くんだよ。

    また地球から酸素がなくなってしまう夜のために、宇宙服の開発を希望します。

  • 愛すべき、尊い脂肪

    晩年ダイエット人生を送っている私ですが、

    実は意外と自分の脂肪を愛しています。

    ぷにっとしたお腹も、座ると隙間がなくなっちゃう脚も、笑わずともまんまるな顔も。

    全部愛おしいはずでした。

    ただ、この世の中は脂肪を愛してくれないので、

    (もしくは脂肪を愛するのはごく少数の人間だけなので)私は愛すべき脂肪に別れを告げる事にしました。

    健康さえ害さなければ、私はそれもひとつの愛しさで、愛嬌で、ある意味資本だと思っておりましたが

    外見を売りとする夜の世界では特に通用しないようです。

    んー、むずかしい。

    なんとも残酷な世界です。

    まだあなたとは一緒にいたいよ、と懇願しているのに颯爽と私の元から離れていってしまう胸の脂肪。

    やたら切り替えの早い、恋愛玄人的脂肪。

    あなたとはもう終わったのよ!って散々伝えているのにお前じゃなきゃダメなんだ!と居座る腹の脂肪達とはわけが違いますね。こいつらはメンヘラ的脂肪。

    私脂肪にはモテるタイプなんですが、胸の脂肪だけはどうも釣れません。

    脂肪を愛したいという気持ちは変わらずあるので、

    他人の脂肪を愛していきたいと思います。

    死ぬ時は骨になるのだから、生きている間は個性たっぷりで美味しいものを食べた証を体に刻み込んで欲しい。

    骨の形はみんな一緒。

    肉と脂肪にこそ魅力があるのだと思っています。

    美味しいもので満たされた人は、心身ともに豊かになっていくもの。

    いつか地球に危機が訪れて、食物がなくなった時、

    1秒でも長く生きていられる体を手に入れて。

    死から遠いものは尊いのです。

    幸せの象徴は鳩よりも、お腹についた贅肉かもね。

    で、明日は何食べる?

  • 空白

    今日はもうダイエットも無視して、美味しいもの食べながらビール飲んで、絶対に映画を観てやろうって決めていました。

    映画を観るっていう、用事。

    空白

    古田新太と松坂桃李が出てるやつ。

    観終わってからしばらくはぼうっと考えてしまう作品でした。

    スーパーで万引きをした女の子がスーパーの店長に追いかけられ、逃げた先で交通事故に遭い亡くなってしまう。誰が加害者なのか、善悪を問い続ける話。

    どちらも被害者で、どちらも加害者。正しさなどなくて、その女の子が亡くなったという事実にひたすら苦しめられる父親と店長。

    過ぎてしまった辛い事実にどう折り合いをつけるのか、

    私もその答えを知りたいくらいでしたねぇ。

    無駄な台詞がなく、妙に生々しい映像に感動。

    己の空白を実感し、それを少しずつ埋めていこうとする。そんな父親の姿は響くものがありました。

    実際みんな空白だらけなのに、案外気が付かないもの。

    何か大きなものを失ったり、当たり前が当たり前でなくなった時に自分の空白に気付いてしまって

    折り合いがつけられずに苦しむのだなぁと。

    すっきり大解決〜!というような作品ではないですが、一度は観たらいいよねって感じです。

    私も見て見ぬふりをしている自分の空白ときちんと向き合おうと思えました。

    終わりには少し救われます。

    以上、ビールはもうなくなったしお腹もいっぱいだし、

    良い休日でございました。

    ダーイエットは明日から~

    空白、ぜひ。

    ※2024/10/24 に書いたものらしい。

  • 大雨、仙台、傘は借り物。

    大雨仙台旅行中。

    1日目はChilli Beans.のライブ、
    2日目は劇団四季のCatsを観る。

    仙台という土地自体にはあまり関係のない旅行となってしまった。

    でもね、大雨だと
    伊達政宗への想いは遥か遠くへ追いやられてしまう為、そもそも伊達政宗を旅行プランへ組み込まないというのは賢い判断だったかもしれない。

    母は大好きな新幹線に興奮し、
    私はビールを飲み、

    母はスタバの新作でテンションが上がり、
    私はいつも通りのものを頼み、

    母はお疲れな様子で眠り、
    私は体内から日本酒がいなくなってしまったがために眠れない。

    明日は何が起こるだろう。

    Chilli Beans.は私が知っているChilli Beans.ではなかった。
    4年以上も時が経てば、おおよそのモノは変わってしまう。

    それでも私がボロボロと泣いてしまったのは、
    多感で辛かった数年前、彼女たちを見つけてEPやMVをただただひとりで楽しみ、自分だけの彼女たちを心の支えにしていたからだった。

    音楽的な感動、圧巻、
    というより、コロナ禍(前半戦)の自分が”存在している”という実感に涙してしまったようなもの。

    最近出たアルバムは、別に好みではないのだが…。
    (その理由は私の変化か、彼女らの変化か、もしくはその両方か?)

    当時、彼女らに助けられ、
    Tremoloを聴いて涙し、lemonadeのMVをみて心を奪われ、アンドロンを聴いて真っ当な乙女心を取り戻した。

    その当時の自分を消し去るかの如く、今は日常が進んでいて、
    辛いことも嬉しいことも頑張りたいことも、
    未だずっと全てが新しい。

    敏感に察知しているが為に眠れない夜が多い。

    今夜は、数年前(2020年あたり)の自分を取り戻せた。
    忙しない生活の中で忘れ去られた自分を思い出したような感じ。

    また数週間後もすればきっと忘れてしまうけれど。

    明日はCatsを観て、もっとたくさん泣いてしまうのだと思う。


    原作を読むくらい好きだった。
    だった?いや、今も。

    過去にとらわれるのは良くない、と誰かが言っていた。


    でも過去は確実に存在していて、そこにはがむしゃらに生きていた自分も存在するわけで。

    その自分を受け入れるタイミングが今なのかもしれない、大雨すぎるけどね。

    伊達政宗、ごめんね。また来るわ。

    コロナ禍は確実に私に色々なことを考えさせた。
    Chilli Beans.は私の生活に色を添えてくれたし、
    Catsは私の死生観の土台を創った。

    忘れかけていた数年前、
    2020から時が止まったような気がしていたのはまだあの当時の辛さを直視できていなかったからかもしれない。

    今日やっと動き始めた。

    大雨、仙台、傘は借り物。
    日本酒美味、伊達政宗は保留、仙台GIGS案外遠い、Any Passとかいうシステムは失くせ、タクシーの運転手がフレンドリーだなぁ…

    そんな感じ。

    まだ眠り足りないか?むしろ眠る必要はないか。

    (まさか今これが更新されるなんて思ってもいないであろう、私の愛おしい人は、今頃可愛い顔して眠っているはず。約332km先で。

    気づいたら読んで下さい、おはよう。)

    明日また人生を進める予定。

  • スケベな暇人たちへ

    たよりなしブログ、記念すべき一本目は何にしたら良いかと、ここ1ヶ月毎日のように考えていました。

    何も思いつかなかったですねえ。

    何か気の利いた事を書きたかった。

    わざわざサーバー借りてまでこれを立ち上げたのは、

    単に私が心のうちを文章に残したくなるからですね。極たまに。

    AIが書く文章の方が質が良いし、面白いかもしれないけれど、人間らしい文章もまだこの世には必要だと思うんだ。

    これは自分の拙い下手くそな文章を正当化したいだけなんだけどね。

    ゆえに大した需要はありません。

    超絶不定期更新です。

    いつかこの便りも無くなりそうなので、

    それを見越して「便り無し」。

    また、私自身誰かの頼りになる人間でもなく、頼りにするもの(つまりはお金など)も持ち合わせていない人間であるために「頼りなし」。

    この2つを掛け合わせた結果、「たよりなし」という事になりました。いえい。

    ネガティブなネーミングセンスですが、

    そんな私もどうかどうか愛して下さいませ。

    ここで更新されるブログたちは、

    全て私の個人的な趣味と、個人的な思想、だけです。

    あとはほんの少しの思い出。

    相当暇な人間が、その暇な時間に1人の女の子の生活を覗き見する為のものです。

    ある意味、これはスケベなコンテンツであります。

    スケベに送るどスケベコンテンツ、

    次回からもお楽しみに。

    次回がいつかは分かりませんが。

    すぐかもしれないし、5年後かもしれないネ。